ダンテ・ゲィブリエル・ロセッティ
Dante Gabriel Rossetti   (1828-1882)
イギリス  ラファエル前派  、

1863
Tate Gallery (テイト・ギャラリー) ,  ロンドン
ロセッティの妻エリザベス・シダル(リジー)の死の悲しみを、ダンテの『新生』でダンテが愛するベアトリーチェの死と対応させて描いた絵である。

この絵には多くの象徴が使用されている。

ベアトリーチェの死を直接描くのではなく、象徴的に描いている。彼女の意識が肉体を離れて、天井へ登りつめたところである。

背景はフィレンツェの街である。ベアトリーチェの頭上にぼんやりと見えているのが、ポンテ・ヴェッキオの橋である。地上と天上を結ぶ橋である。

右手に日時計がある。文字盤に影を落としている。午後三時ころ。ベアトリーチェが亡くなった時刻である。

日時計と反対角度で降下する鳩が咥えている花はケシである。「眠り」と「死」の花である。ここでは鳩は死の使者である。

ベアトリーチェの左側背後にいるのは天使の姿の「愛(アモール)」である。燃え上がるベアトリーチェの命を手に持っている。

死の死者である鳩とアモールは情熱の色、赤で描かれている。ベアトリーチェの衣服は緑色で、希望や復活を意味する。

愛(アモール)の反対側にいるのはダンテである。衣装は黒く、不安気にアモールを振り返っている。

ダンテの背後の井戸はデューラーの『キリストの降誕』(エングレイヴィング)にあるものと同型である。

井戸と、その背後の果実のなる木は、永遠の命の象徴である。ベアトリーチェは天上へ行き、永遠の命を得るのである。ヨハネの福音書第4章から採られている。

この絵は1862年に亡くなった、ロセッティの妻E・E・シダル(リジー)の思い出に捧げられた絵でもある。実際、ダンテもベアトリーチェの死の一周忌に天使(ベアトリーチェ)の絵を描いた。

ロセッティの妻リジーは、阿片チンキを服用して自殺している。絵の中で赤い鳩が咥えているケシの花は、その通り、「死の使い」なのである。


この絵は「受胎告知」とも重なってくる。井戸も果実も聖母の象徴である。鳩は後輪を持ち、聖霊の鳩を想起させる。ベアトリーチェの髪のまわりは赤く光っているが、聖母のニンブスを意図しているとも考えられる。背後のアモールは、大天使ガブリエルのようでもある。


<阿片チンキ>
イギリスでは、19世紀後半からヴィクトリア朝時代にかけて、阿片製剤が一般的に販売されていた。

まだ抗生物質も睡眠薬もない時代である。阿片は万能薬として活躍していたのである。この時代の最も一般的な阿片製剤が阿片チンキであった。

値段も安かったので正規の医者にかかることのできない労働者階級にとっては手軽な常備薬であった。

それだけではなく、コールリッジ、バイロン、シェリー、キーツなどなど文学者や詩人たちも阿片を常用していたのである。女性でも、ロセッティの妻リジーや、あのナイティンゲールですら常用者であった。

しかし、阿片である。過剰服用は死に至る。この頃、多くの子供たちが犠牲になった。子供の百日咳などの処方に使用されたり、母親がむずがる赤ん坊に阿片チンキを与えて眠らせたりすることに何の疑問も感じない時代であった。あやまって死なせてしまう事故が相次いだ。

ようやく1863年、規制法ができたがザル法であった。砒素でさえ、簡単に手に入る時代だったのである。阿片貿易のうまみなどがあり、1908年まで阿片が第一種毒物として取り扱われることはなかった。

ロセッティに戻る

ホームページ | 西洋絵画 | 女流画家 | 聖書の物語 | ギリシャ神話  | 文学