ドラクロワ
Fedinand Victor Eugene Delacroix (1798-1863)
フランス   ロマン派

民衆を導く自由の女神 Liberty Leading the People
1830
ドラクロアはこの絵を描くことで、1830年の7月革命に応えた。

シャルル10世(1824−30)の絶対主義に抵抗した民衆は、民主主義の改革を推し進めた。その結果、ルイ・フリップスが王に選ばれた。しかし、彼の権力は制限されたものであった。

フランスは、ブルジョア君主制となった。

ドラクロアは、将官であった弟に手紙を書いた。
「私は祖国のために、戦かって、勝利を得たわけではない。しかし、すくなくとも、支持の表明として、絵を描くことができる」

自由の女神の左側、シルクハットをかぶっている男が、ドラクロア自身である。右のピストルを手に持つ少年は、おそらく、ユゴーの『レ・ミゼラブル』のなかに出てくる浮浪児ガブロッシュではないか。

ルイ・フィリップ王は3,000フランでこの絵を買い上げたが、一度も展示しなかった。

新古典主義がデッサンを重視していたのに対し、色彩を追求したドラクロワの秀作である。

題名は正しくは、「民衆を導く自由」であるが、日本語はなぜか、「自由の女神」である。日本人の「民主主義における自由」という概念が希薄な表れではないだろうか。

以下に、メールマガジンを読んで、書いてくれた「よしまさ」さんの意見を載せます。

題名に関することで、なぜ、「民衆を導く自由」ではなく、「自由の女神」なのかに関してです。

ドリアンがうまく書けなかったことを、書いてくれています。ありがとうございました。

(なお、よしまささんの以下の文につきまして、もし、ご意見等がありましたら、ドリアン宛てに、メールを下さい。)

「民衆を導く自由の女神」はなぜ「〜自由」ではないのかについて。

ヨーロッパ絵画、特に19世紀フランス絵画では、ある理念を表現するための寓意画が多く書かれたように思います。

「革命」と「ブルジョワ中心の安定」との時代を揺れたこの国では、特に理念の具象化が好まれたのでしょうか。

「自由」「真理」「霊感」などが女性像で表された絵画が多いですよね。

ヨーロッパの多くの言語の名詞に性別があるように、これらの理念も女性像で描かれるのは、絵画の世界の約束ごとなのです。


日本人はその辺の知識を押さえずに絵画を見るから、「女神」という実体が民衆を導いているところ、という「場面」として、この絵を理解するんです。


確かに革命の最中にこういうシーンはあり得たでしょうし、歴史的事実をリアルに描いたものとしても見ることはできます。

ドラクロワも寓意画にかこつけて闘いのシーンを描きたかったかもしれません。

でもドラクロワという画家の斬新さをふまえるならば、「静的」に描かれるべき寓意画を「動的」な現実のシーンとして「あえて」描いたわけであって、あくまでも「寓意画」、理念的な画題であることを理解するべきだと思います。

「女神を描いた絵」では、ただの「うまい絵」ということになってしまうような気も
します。

「自由とはかくも麗しいものであり、かくも勇ましく人々を鼓舞するものなのだ」この絵はそう言いたいのではないでしょうか。

「〜しているところ」ではなく「〜するものなのだ」なんですね。

もちろん自らの手で自由を勝ち取った経験を持つフランス人だからこそ、こういう思いに至る事が出来たんだと思います。

平和裏に民主化を実現していったイギリスでは、このように情熱的な絵画は現れませんでした。

ならば日本では?

民主化への歩みは緩やかで、イギリスに近いかもしれないですね。

でも、それ以上に日本人は、理念的なものの具象化、感覚化というものに、不慣れなのではないかとも思えます。

絵画に描かれた「理念的なもの」に対しての理解の浅さというものを、この絵につけられたタイトルは物語ってくれているのではないでしょうか。

[ 文 よしまさ ]

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